主婦は(家族に)感謝はされるが(社会的には)評価されにくい。

最近、女性蔑視発言で世間がざわついておりますねぇ。「わきまえる、わきまえない女性」みたいな言葉もよく使われるようになって・・・

 

でもさ、男と女は分かり合えるのか、ワーキングママと主婦ママが理解しあえるのか、共感しあえるのか、これはさ、難しいんですよ、ということをひしひしと感じています。

 

かくいう私も、最近、おじさん世代の方にたいして悔しい思いをした出来事がいくつかありました。

 

専業主婦卒業して、社会復帰もしたけど、さらなる目標ができて、私、起業もしてみたのですよ。それでね、せっかくならビジネスを大学という場所でも学びながら並行して進めていきたい、そんな野望が生まれて、社会人大学院とやらの科目履修生の受験をしてみたわけです。

志願理由書も書いてみると感動的なストーリーになり、自分の大学卒業した後の人生を振りかえって、なんて豊かな人生経験をしてきたのだろうか、子育てに全力投球した9年間の主婦時代もほかの社会人大学院生とは違った異色のキャリアだよね、なんて自己陶酔もしつつ、倍率的にも、これまでの私の人生経験的にも、これはイケる、という自信は多少ありました。受けたい授業をたくさんある授業の中から選ぶべく、シラバスをしっかり読み込み、この授業受けたいな、こんなことも学べるのね、なんて想像を膨らませてわくわくしてたのに・・・

 

薄っぺらい不合格通知が届いた・・・ちーん。

 

2人の男性教官の面接試験を思い出してみると、手ごたえがあったように感じていたけど、結局、本当のところは、ここはバリバリキャリア積んできた人が専門的に学ぶ場所、あなたのような専業主婦だった人は同じフィールドには立てませんよ、出直してきてね、ということなのかも、と解釈して、悔しくなってきた。

 

それで、その数日後には以前仕事していた時にお世話になっていた元上司(60手前のおじさん)とお会いしたら、起業の話なんかを激励してくれたんだけど、悪気なく私に向かって「これからは起業した社長でもあるんだから(社長ではないけど)、化粧はもっとしたほうがいいよ。あのね、なんていうか、君はナチュラルメイクだから、それだと主婦の片手間でやってるの?とか主婦の延長線上に見られちゃうからね」言ってきたんです。

 

その時は、「そうね」なんて思ったけど、なんか、あの発言、ちょっと不愉快だと後からモヤモヤ。思うと、森さんの発言同様、女性がいる会議は話が長い、みたいなことも、ほかの人が発言してたらそんなにみんなの逆鱗には触れなかっただろうけど、あの人が言ったからというような”誰に言われるか”って大きいよな、と思ったわけ。

うちの姉に、「あんたは仕事なんだから、もっと化粧しなよ。そうじゃなきゃ、主婦の延長線上ってなめられるよ」って言われても不快ではないと思うし。

誰に言われるかで、とらえ方がだいぶ違うのかも、と思ったわけです。

 

「主婦」という位置づけ、経験について改めて思いましたよ、

家族は、夫も子供たちも、家のことをしている私にものすごく感謝してくれているけれど、社会的には、主婦って評価されないんだな、と。

だって、経歴書には、どんなにうちの子が、心優しくて、好奇心にあふれた素晴らしい子に育っていても、実績として書き表すことはできないんだから。

 

これは、主婦経験のある同じ境遇の女性じゃないとわからないと思う。

そんなもんですよね。

こういう発言も、ジェンダーバイアスだのレッテル張りだのって批判されるかな?

あくまで、主観の話ですから、自由に書かせてくださいよ。悔しかったっていう正直な体験談なわけだから。